ビジネスサポート林総合事務所

わきあいあい

矜持

 社会人にとって、最も幸せなことは、自分のした仕事に「誇り」を持てることであろう。例えば、社会人にデビューする子供への言葉も、また、上司・先輩からの後輩へのメッセージでも、やはり「仕事に誇りを持て」と言うものが多いと思われる。逆に言うと、「誇りの持てない仕事」をさせられることは、不幸以外の何物でもない。ところが、この不幸が蔓延しつつある。

 日本には、非常に優秀な人材で構成される組織「官僚」がある。この官僚に対しては、批判もあれば酷評もある。しかしながら、冷静に物事を見てみると、本当に国を支えているのは、この「官僚」に他ならない、と私は思う。それが証拠に、現政権が「悪夢」と呼ぶ、3年間の民主党政権が、なぜひどい結果になってしまったのかを考えたとき、それは、「政治主導」の名の下に、民主党は優秀な官僚組織を利用しなかったからだ。彼ら官僚は「国家・国民」のためという大志のもと、毎晩、終電に遅れるほど、自身の時間を仕事に投下している。少しでも、日本の役に立つために頑張っているのだ。そんな彼らを、民主党政権は端に追いやり、むしろ、敵視すらしていたのである。一方で、現政権は、官僚にあまりにもくだらない仕事をさせる。その仕事とは、「証拠隠滅」である。

 森友学園の事件では、官僚は、契約書などの「書き換えや破棄」を主導した。また、加計学園の事件では、官邸への面会簿や訪問者名簿の「書き換えや破棄」を行った。そして、桜を見る会の事件でも、みたび、参加者名簿の「破棄」を行っている。だからこそ、官僚に尋ねたい。「あなた達は仕事に誇りをもっていますか」と。おそらくは、現政権の意向に沿うだけの仕事、本来、官僚が誇りをもって行う仕事、すなわち、国民の役に立つための仕事ではない以上、「誇り」をもって仕事をしているとは、到底思えないのである。

 官僚にこれほど酷い仕事をさせているツケは、必ず生じると、私は思う。それは、優秀な人材が官僚になることを回避し始めるという形になって現れると思われるのである。

 人は、どんな基準で仕事を選択しているのであろうか。給与の多寡のみで仕事を選んでいるのではない。やはり、一番、重要なのは「矜持」を持って仕事ができるかどうかではないだろうか。私は、日本人として矜持を持ちたいと思う。だからこそ、現政権の説明を聞く気にすらならないのである。

 

 わきあいあいも2019年の最終版となりました。全く、早いものです。2020年も当事務所のこと、よろしくお願いします。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年12月号

確定申告

無申告

 売れっ子芸能人T氏及びT氏のプライベート会社が、税金を申告していなかったとして、東京国税局から指摘(無申告)をうけました。もちろん、国税局の指摘に対する責任は、納税者であるT氏が負わなければなりません。一方で、このことについて、テレビやネットなどの主要メディアでは、連日「T氏を擁護する意見」や「T氏の責任を追及する批判」など、様々なコメントが錯綜しています。ただ、これらのコメントを聞いていると、どうも、この事件の問題の本質にアプローチされていないように思えます。そこで、T氏の事件は何が悪いのかを確認してみます。

 まず、「脱税」だからダメだ、という意見があります。これについては、脱税とは「偽りその他不正の行為」(所得税法第238条、法人税法第159)により税を免れ又は税の還付を受ける行為とされています。なので、無申告の状態は、「偽りその他不正の行為」によって税額を不当に軽減したとは言えないので、私の個人的見解では、「脱税」に当たらないのではないかと思います。そうすると、無申告の状態は、T氏の言うように“忘れていた可能性”もあるので、刑事罰に問われにくいのではないかと思います。では、無申告の責任は「重くない」と言えるのでしょうか。私は、そうは思えません。なぜなら、無申告は「民主主義」の根本を揺るがす行為と考えられるからです。

 かつて、「日本では、税務官署が所得を査定し、税額を告知するという賦課課税制度が採られていました。しかし、昭和22年に、税制を民主化するために所得税、法人税、相続税の三税について、申告納税制度が採用されました」(国税庁HPより)。申告納税制度とは、一義的には、自分の税金は“お上”が決めるのではなく、“自分”で決めるというものです。すなわち、権力者が勝手に納税額を決めることができないシステムになっているのです。そして、この制度があるからこそ、私達は自身の財産を権力者から守ることができるのです。

 このように、申告納税制度は、私達の財産につき、権力者からの不法搾取に対し、強固な盾として機能しているのです。ところが、T氏のように「無申告」が多くなれば、申告納税制度が機能しません。そうなると、必然的にお上が税額を決定する賦課課税制度にならざるを得ないのです。

 T氏の事件の本質は、財産権における国民の民主的支配の崩壊に繋がる行為、すなわち、民主的納税を冒涜することに他ならないのです。闇営業に勝るとも劣らない“立派な“コンプライアンス違反です。テレビのコメンテーターは、この本質を踏まえた上で、コメントして欲しいものです。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年12月号

3つのクライシス

 世界の指導者や経営者からも注目されるユヴァル・ノア・ハラリさんが、朝日新聞の取材の中で、世界が直面するたくさんの課題のなかから、三つの課題を指摘された。「地球温暖化などの環境破壊」、「世界的規模の核戦争」、「破壊的な技術革新」の三つだ。この三つの課題はどれもそのインパクトが大きく、課題というよりは、むしろ、「クライシス」という言葉の方が実態を表している。すなわち、この三つの課題のどれもが、「人類を滅亡」に導くものである。

まず、「環境破壊」を見てみよう。地球温暖化の要因とされる二酸化炭素につき、その排出量を削減することが急務とされており、そのことを各国の指導者は理解しているはずだ。それでも、2018年の二酸化炭素排出量は、過去最高量に達した。「核戦争」についても、そのリスクは高まっている。米中の覇権争いに、ロシアが絡み、米国を中心に「使える核兵器」の開発を目指している。そして、唯一の被爆国の日本ですら、「抑止力」と言う名の大義のもと、核兵器禁止条約への参加をためらった。最後に、「技術革新」について見てみよう。人工知能(AI)の進歩のスピードはとてつもなく、もはや、人類が制御できるものではなくなっている。にもかかわらず、この制御不能なAIを利用した無人兵器を各国は競うように開発している。AIだけではない、バイオテクノロジーの進歩もまた驚異的であり、生体認証技術と監視カメラを使えば、誰もが各個人の動きを全て捕捉できるのである。

このように3つのクライシスは、紛れもなくどれもが「危機」と言える。ただ、こうも言える。それは、これらのクライシスのどれもが、人類が回避できる可能性があるということだ。では、なぜ、回避できないのか、いや、なぜ回避の方向性すら進めないのか、それが最も重要な問題(疑問)である。この問題に対する私の答え(考え)は、もちろんある。ただし、今回はこれまでと異なり、私の考えは敢えて述べないでおこうと思う。

読者のみなさまにも考えていただきたい。なぜ、私達はクライシス回避の方向性すら進めないのか。日本列島に起きている自然災害が教示する「存続の危機」に、私達は今、立たされているというのに。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年11月号

カスタマージャーニー

 2019年10月より、消費税の税率が引き上げられます。この引き上げによる「景気の悪化」を考慮して、政府は「ポイント還元制度」を導入するつもりです。また、政府にはこのポイント還元制度を利用して、「キャッシュレス社会」に移行する思惑もあるようです。キャッシュレス社会への移行は、「人手不足」問題にも対応することになるからです。その他にも、軽減税率制度(=複数税率制度)を設定するなど、この10月以降、「消費」の習慣が変わる要素が多分にあります。 

 このような状況に対し、私達事業者はどう対応すべきでしょうか。レジの入替や会計ソフトのバージョンアップ、レジ担当者への制度の周知など、実務的には多々あると思われます。
もちろん、これらの対策は重要なのですが、今回の消費環境の変化に根本的に対応するために、自社商品における顧客の消費動向を一から見直してみてはどうでしょうか。その有効な「手法」が、今月号のタイトルである「カスタマージャーニー」なのです。

 「カスタマージャーニー」は難しいものではありません。この手法を活用するには、まず、自社の商品・サービスを利用する顧客の典型的な顧客モデル(このモデルはペルソナと呼ばれます)を設定します。つぎに、ペルソナの消費スタイルを明確化・見える化していきます。この明確化・見える化のために、「カスタマージャーニーマップ」(このマップ作成が、この手法の“キモ”となります)を作成します。最後に、ワークショップ形式で、カスタマージャーニーマップによって炙りだされた、マーケティングの課題に、対応策を設定していくことになります。

 私は本当の事業計画を考える企業に対しては、まず、このカスタマージャーニー思考によるカスタマージャーニーマップの作成づくりを推奨しています。この手法を利用して、記載された事業計画書は、ストーリー性があり、しかも、論理的(根拠性がある)であるので、色々な場面(特に、補助金申請の場面)で重宝されます。

 今後、どんどんIT化が進む中で、自社がターゲットとする顧客の消費スタイルも、どんどん変化していくことが予想されます。そのようなトレンドにおいては、スピード感をもって、顧客の変化に対応していくことこそが、自社の生き残りにつながります。

 できれば、今回の消費増税を自社のビジネスモデルの見直し(バージョンアップ)ための良い機会にしましょう。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年10月号

MMTとリブラ

 Facebook(フェイスブック)を中心とした経済協会(リブラ協会)が、来年(2020年)にも、仮装通貨(日本では暗号資産と呼ばれる)「リブラ」を発行する。

 これまで、仮装通貨と言えば、ビットコインが有名であったと思われるが、リアルマネー(日本円や米ドル)との交換レートが激しく上下するため、通貨としての安定性を欠いていた。そのため、通貨と言うよりは、むしろ、「投機商品」のひとつとして認知されていた。
そこで、リブラはこの部分を変えた。すなわち、通貨としての地位を確立するために、リアルマネーとの交換レートを安定させる仕組みを主眼においたのである。

 ところで、そもそも通貨とは何だろうか。ウィキペディアによると、通貨とは、流通貨幣の略称で、決済のための価値交換媒体とある。つまり、自身のもつ経済的価値(労働も含まれる)と他者のもつ経済的価値を効率よく交換させるための手段として、存在するのである。そして、通貨を経済的価値の交換手段として利用する以上、その通貨に“信用”が認められる必要がある。そのため、かつては、金本位制のもと、兌換紙幣が発行されていた。ところが、経済が発展してくると、通貨の持つ兌換性が足枷となってきた。そこで、通貨は金との兌換性を切り離し、通貨を発行する国家もしくは、その地域の統治主体の信用によって価値を維持してきたのである。難しく述べてきたが、要するに、通貨の信用性は「誰が発行主体となっているかが重要」なのである。

 最近、「MMT(現代貨幣理論)」なるものが、提唱されている。MMT理論の詳細については、私もまだ不勉強であるが、とにかく、この理論によると、「自国通貨を自国の中央銀行が発行できるのであれば、いくら財政赤字が膨らんでも問題ない。なぜなら、新たに通貨を発行して、国債で払えば良いからだ」と考える。そして、提唱者はこの理論の妥当性を強調している。日本と言う国がまさにMMT理論を具現化しているからだそうだ。

 確かに、これまでは、日本の通貨である円は信用力が高く、通貨としての地位を失うことがないと想定されてきた。「でも、ちょっと待ってくれ!」仮に、日本の若者が、日本国が発行する円よりも、フェイスブックが発行するリブラを信用し始めたらどうなるんだい・・・。乏しい知識で判断すると、「こいつは有り得る、ヤバイぞ。」

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年9月号

言論の自由

 言いたいことが言える社会は、自由社会の最も基本となるものです。それは、「言論の自由」のような、そんな大所高所から語るものではなく、ただ、「思っていることが口に出せる」、というものです。しかしながら、私達はこの「基本的な自由」を享受できる資格があるのでしょうか。ライブドアニュースからある事件を引用します。

 がん闘病中のタレント、堀ちえみ(52)のブログに「死ね」「消えろ」などと誹謗中傷する言葉を何度も書き込んだとして、北海道に住む50代の主婦が6月18日に脅迫容疑で警視庁から書類送検されていた。調べによると、主婦は堀が舌がんの手術を受けた2月4日の前日の3日に、「死ね、消えろ、馬鹿みたい」などと投稿。さらに、堀が食道がんの手術を受けた4月16日以降も「死ねば良かったのに」などと書き込んだ。このため、堀の関係者が今春、警視庁に被害届を提出していた。取材に対し、この主婦は、「『殺す』とは書いてない。『死ね』でも脅迫になるんですか。みんな書いているじゃないですか」と主張。反省の色は見えなかった。(引用終わり)。

 この記事を読んだ私は、この主婦の想像力の欠如に唖然としました。堀ちえみには、子供が7人いるらしいのですが、おそらく、その子供たちの誰もが、母である堀ちえみの病気からの回復を切に願っているはずです。そして、そんなこと、分かり切っていることなのに、どうして「死ね」という書き込みができるのでしょうか。私は、その無神経さに、ただただ、驚いてしまうのです。もちろん、法律論として「死ね」という書き込みが脅迫罪にあたるのかという問題はあるでしょう。ただ、仮に罪にならなかったとしても、この主婦に、人としての普通の感覚、つまり、「自身の言葉が人にどれだけの影響を与えるのか」という想像力があまりにも欠けているということに、私は愕然とします。

 想像力を働かす方法は、難しいものでも何でもありません。その人の立場に自分を置き換えれば良いのです。この事件で言えば、50代の主婦に「もし、自分がガンに侵され、家族みんなでガンからの回復に向けて頑張っているときに、他人から『死ねば良いのに』と言われたら、どんな気持ちになるのか」を考えれば良いだけです。

 SNSの発達は、私達にこれまで以上の自由を与えてくれます。ただ、同時にその素晴らしさを享受するために、より以上の責任が求められているのです。難しいことではありません。送信ボタンを押す前に、少しの時間、相手の立場に身を置き、自身の想像力を働かせば良いのです。

 言葉は凶器(狂気)です。想像力を働かせることは、ネット社会を生きる私達の最低限のマナーだと、私は思うのです。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年8月号

マイクロチップ

 日本では、年間約7万頭(環境省 平成28年度データ)程度の犬や猫が、保健所や動物管理センターで殺処分されているそうです。殺処分に至る経緯は様々ですが、要するに「飼主がいない」という状況で、保健所等に捕獲されると、殺処分につながるようです。

 飼主がいなくなる要因としては、大きくふたつあります。ひとつには、飼主とはぐれてしまうことによる迷子です。特に、甚大な被害を引き起こすような天災・災害に見舞われた場合、迷子が多く生まれます。この迷子達がうまく飼主と出会うことができれば、また、これまで通りの生活ができるのです。ところが、飼主が見つからなければ、殺処分となるのです。これは、飼主にとっても動物達にとっても不幸です。この不幸を回避するための方法として「マイクロチップの装着」という方法があります。これは、動物達の身体に色々なデータを記録した記憶媒体を身体に埋め込むものです。そして、このマイクロチップによって、確実に元の飼主と出会えるのです。

 飼主がいなくなる要因のもうひとつは、無責任で身勝手な飼主(業者)が動物を遺棄する場合です。これは、迷子と異なります。つまり、飼主は動物達に戻って欲しくないのです。

 動物愛護法の改正が検討されています。改正内容のひとつには、迷子のペットを無くすために、全てのペット達にマイクロチップを埋め込むことを義務化しようとするものです。この改正案は、一見すると「素晴らしい」ようですが、私は大きな問題点を感じます。それは、マイクロチップが埋め込まれたペットを飼主が遺棄しようと考えた場合です。マイクロチップが埋め込まれたペットをそのまま遺棄したとすれば、飼主が割り出されてしまいます。そのため、ペットの遺棄を考えた飼主はマイクロチップを取り除いて、ペットを遺棄しようとします。このマイクロチップの除去は義務化されると、法令違反になる可能性が高いので、正式の獣医師は取り扱わないでしょう。そうなると、最悪の場合、飼主自らが手を下すことになり、動物たちの命にも関わる由々しき事態を招くことになるでしょう。

 そもそも動物達にとって、マイクロチップを装着することは、幸せにつながるのでしょうか。人間(認知症の方や再犯可能性の高い人たち)にも、マイクロチップを埋め込むことが議論になっています。このマイクロチップの問題は今後も議論が続くでしょうが、確実に言えることは、私は、繋がれたくないといことです。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年7月号

元号

 10日間という大型連休(GW)が終わりました。働くことが美徳であった日本人において、おそらくはこれ程に長い休みを国民が一斉に取ることはなかったと思います。まあ、「国民が一斉に」というのが、いかにも日本人らしくて可笑しくなりますが・・・。合理的な海外の人から見ると、「バカンスをなぜ一斉にとるのか。ずらさなければ、不都合でしょう」と、言われそうです。ただ、今回の一斉休暇には別の意味がありました。それは、「改元を国民みんなで一緒になって祝おう」という意味です。

 マスコミも報道していたので、改めて述べる必要もないと思われますが、現在は「新しい天皇の即位に合わせて、元号が改まる」ことが、法律(元号法)で決められています。つまり、天皇の在位期間と元号が同調することになるのです。これを「代始改元」というそうです。でも、私が言いたいのはそこではありません。言いたいのは、「明治以前は、為政者の都合によって、元号は変わってきた」ということです。つまり、元号が変わることで、何かが変わる期待感を国民に抱かせるために、改元を利用してきたということです。とりわけ目立つのは地震や洪水など、大きな天災があった場合には、よく改元(=災異改元)が行われたようです。元号を一新することで、ある種の厄祓いの意味を持たせたのでしょう。

 さて、今回、元号が平成から令和に変わりました。でも、それは、天皇が代わったからであって、それ以外の理由は全くありません。つまり、平成31年4月30日から令和元年5月1日になったとしても、私達の生活は何も変わらないのです。消費税の税率は上げられるでしょうし、原発の処理は続くでしょう。格差はもっと大きくなるでしょう。また、かの国は、相変わらず、「飛翔体」を発射するでしょう。にもかかわらず、日本国民は一斉に休暇をとり、新時代の幕開けだと喜び、何か素晴らしい時代が来るかのような錯覚をしています。そして、その感情を煽るマスコミの「令和最初の×××」には辟易してしまいます。

 何も変わっていないのに、心機一転を感じられる。これは、元号のパワーなのか。それとも、何事も水に流す日本人の気質なのか。改元を喜ぶ姿がテレビに映る度に、ため息が出そうになりました。

 以上、令和最初のわきあいあいでした。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年6月号

満足な豚より不満足なソクラテス

 いつも経済的な話が多いので、今回は哲学的な話をしようと思います。まずは、今回のタイトルである「満足な豚より不満足なソクラテス」について見ていきましょう。この言葉は、19世紀のイギリスの経済学者および社会思想家であるジョン・スチュアート・ミル(JSミル)が発した言葉とされています。もともとは、「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。それと同じように、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い」と言ったとされています。さて、これからの将来において、私達人間は、本当に「満足な豚」より、「不満足な人間」を選ぶのでしょうか。具体的に考えてみましょう。

 人工知能(AI)の進歩は驚異的であり、AIが人間の知能を超える現象(シンギュラリティ)が近い将来に訪れると言われています。そんなレベルまでAIが進歩すると、こんなことが起きる可能性が生まれます。それは、ずっと「コンピューターに繋がれた人間」の存在です。コンピューターに繋がれた人間は、仮想現実(VR:バーチャルリアリティー)の世界でのみ生存していきます。つまり、AIはこの繋がれた人間の好きなこと、環境、活動などを、あたかも現実であるかのように、提供しつづけます。食事は“点滴”です。もちろん、VRの世界ですから本人の好きなメニューが提示されます。食感や味、匂いまでも、VRの世界において、提供されていきます。まさしく、「満足な豚」の状況です。もちろん、「満足な豚は嫌だ」、「不満足でも現実の世界に生きる」と言われる人もいるでしょう。でも、考えて下さい。現実の世界で生きるよりも、VRの世界で生きる方がずっと楽なのです。ここに「哲学」が生まれます。すなわち、近い将来に訪れる高度AI社会において、私達人間は何のために現実世界に生き、何を幸せと感じるのかという疑問です。自分を中心に考えるならば、VRの世界で生きていく方が正解でしょう。苦痛もなく、自分の望む環境(社会)が提供されるのですから。となると、現実社会に私達人間が生きる意味は「自分のため」ではないと言えるのです。「自分のため」以外に、何のために生きるのか、やはり、哲学です。私には答えはありません。

 読者のみなさまは、なぜ、現実社会に生きますか。ただ、私が危惧するのは、今後「満足な豚」を求める人が、どんどん増えていくのではないかというものです。現実社会に生きていくには、あまりにも厳しい環境が想像されるからです。これに反して、VRの世界の魅力はどんどん増していくでしょうから。

 「君たちは何のために生きるのか」、最近ベストセラーとなった本のタイトルに似ています。

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

令和元年5月号

いけすのナマズ

 北欧の国、ノルウェーでのお話です。ノルウェーはイワシ漁の盛んな国です。そのイワシ漁、漁師たちは、獲ったイワシのを保つため、船内にある“いけす”に、イワシを入れて保存していきます。ところが、設備が悪いのか、イワシが弱いのか、いけすのイワシは船が漁港に帰還するまでに、そのほとんどが死んでしまい、イワシの鮮度を保つことができなかったそうです。ところが、ある漁師の取ったイワシだけは、船が港についても、元気に生きていたそうです。なぜ、その漁師の獲ったイワシだけが元気でいられるのか、周りの漁師たちも不思議に思い、その理由を尋ねました。ところが、その漁師は何も教えてくれません。そのため、長い間、その理由は分からなかったのです。

 ある日、その漁師が亡くなりました。周りの漁師たちは協力して、その漁師の船を整理していると、奇妙なものが発見されたのです。それは、いけすにナマズが入っていたのです。漁師達は、当初、「なぜナマズがいるのか」その理由が分からなかったのですが、しばらくすると、その理由が分かりました。このナマズの存在こそが、生きてイワシを持ち帰ることができた理由だったのです。

 ナマズは淡水魚です。海水の入ったいけすに入れておけば、ナマズは苦しくて、いけすの中で暴れます。すると、イワシは暴れるナマズに気を張ることになり、結果、漁港まで生きたまま帰ることができたのです。

 この話は、「組織論」の場面で、良く引用されます。すなわち、組織には一定の「緊張感」が大切であり、新人、中途採用者、あるいは、転勤者などには、このナマズの役割が求められるのです。つまり、停滞感のあるチームを活性化させることが求められるのです。

 ところが、日本の組織にはよくあることで、実際はまだまだ、「出る杭は打たれる」の空気感の方が強く、ナマズとして期待された人も、どんどんイワシ化してしまうのです。

 今後、日本社会も外国人の働き手が増えていくでしょう。そんな彼等には、ナマズとして期待する部分も多分にあると思われます。このように、今後は「外国人」の活用が企業業績を大きく左右すると思われます。

ところで、かの漁師は「なぜ、ナマズをいけすに入れること」に気づいたのでしょうか
私はこの寓話の“本当のおもしろさ”はここに隠されているような気がします。

 

(税理士・中小企業診断士 林弘征)

平成31年4月号

統計

 またも、政府が揺れている。今度は、「政府統計」の信憑性である。政府統計の指標は、色々な政策の実施や、検証に利用されていて、私たちの暮らしに直結している。したがい、単なる数字の間違いと笑ってはいられない。ただし、統計の数字が正しければ、問題がないのかと言えば、そう単純なものではない。

 例えば、アベノミクスによる今回の景気回復は、これまでの最長記録である「いざなみ景気」(2002年から2008年まで続いた)を超え“戦後最長”になる勢いだ。もっとも、「いざなみ景気」の時もそうであったが、今回の景気回復も、また、実感なき景気回復と言える。なぜ、そうなるのか。簡単な事例で説明してみましょう。

 例えば、統計の対象となる企業10社のX年度の業績は、次表のようであったとする。

この場合、X年度の企業10社の平均業績は500万円になる。次年度、同じく、統計の対象となる企業10社のX+1年度の業績が、次表のようであったとする。

 この場合、X+1年度の対象企業10社の平均業績高は520万円になる。そうすると、X年度と、X+1年度を比較すると、当該10社の成長率は4%となり、市場は成長したと言える。つまり、対象10社において、ある1社の成長があまりにも大きいため、他の9社の業績が低下していたとしても、統計上、市場は成長していることになる。これが最近の景気回復の正体だと考えられる。つまり、ほとんどの企業は業績を落としているにもかかわらず、景気回復と言われるのであるから、景気回復の実感がないのも当然である。このように、IT社会は、GAFAに代表されるように、どの市場も1者勝ち、他者全敗の様相になってしまうのである。

「数字は嘘をつかない」とは良く言われる言葉です。確かに、その通りです。ただし、これまで市場を測定していた「指標」では、実態経済を表すことができなくなっているように思えます。言わば、GDPのような昭和な評価指標では、現状の経済状態を表さなくなってしまっていると思います。要するに、IT社会の実態経済を的確に表す新たな「指標」が必要なのです。

ただし、どのような指標であれ、最悪なのは自己の主張を正当化するため、対象の標本を都合の良いように集めてしまうことである。世間ではこれを「カイザン」と呼ぶのである。

 (税理士・中小企業診断士 林弘征)

平成31年3月号

目標

 さて、年が変わると、「今年の目標」を設定される読者も多いことでしょう。でも、一年を振り返ってみると、その目標は達成されていない、そんな読者も、また多いことでしょう。実は、世界レベルにおいても、「目標」が設定されていることを知っていますか。SDGs(発音はエス・ディー・ジーズと読みます)がそれです。SDGsとは、sustainable development goals の略称で、「持続可能な開発目標」と訳されます。この「持続可能な開発目標」は,2015年9月の国連サミットで採択されたもので、2016年から2030年までの国際目標です。要するに、2030年の世界の「ありたいで姿」を“共有化”したのです。具体的には持続可能な世界を実現するための17のゴールを明確化しました。

  1. 貧困をなくそう
  2. 飢餓をゼロに
  3. すべての人に健康と福祉を
  4. 質の高い教育をみんなに
  5. ジェンダー平等を実現しよう
  6. 安全な水とトイレを世界中に
  7. エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  8. 働きがいも経済成長も
  9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
  10. 人や国の不平等をなくそう
  11. 住み続けられるまちづくりを
  12. つくる責任つかう責任
  13. 気候変動に具体的な対策を
  14. 海の豊かさを守ろう
  15. 陸の豊かさも守ろう
  16. 平和と公正をすべての人に
  17. パートナーシップで目標を達成しよう

 いかがですか。この17の目標、全てが重要なものであり、達成すべきであると思われます。ところが、世界の大国、特に米国と中国は、このSDGsを全く意識しないかのごとく、振舞っています。もちろん、次世代のために、この目標を達成しようと、各国が国連で採択したはずですが、大国は「理想と現実は違う」かのように意に介していません。

 どうやら、目標を設定しただけで満足してしまい、行動に反映されないのは、私たちだけではないのかも知れません。

 (税理士・中小企業診断士 林弘征)

平成31年2月号

勉強

 先日、塾講師のアルバイトをしていた息子が、担当生徒の母親から“一通の手紙”を受け取った。息子によると、その生徒は無事第一志望の大学に推薦入試で受かったらしく、手紙は、いわゆる“お礼の手紙”であった。ただ、その手紙の文章は、とても素晴らしいものであった。これまで、試験に成功していない自分の子供を、母親としてとても心配していたこと、でも、今回は第一志望の大学に合格できて、とても嬉しかったこと、そして、指導担当の息子にとても感謝していることなどが、母親の愛情と共に私たちに純粋に伝わってきた。手紙を受け取った息子はもちろんのこと、私たちの息子が「人さまのお役に立てた」ことが分かり、心から嬉しく思い、涙がでた。そして、「一生懸命勉強してきて良かった。誰かに感謝されるって、本当にモチベーションが上がるわ」と言いながら、何度もその手紙を読んでいる息子の姿に、私は気づかされた。「勉強は自分のためにするものではなく、人さまのお役に立つために行うものである」と。

 一方、我が身を振り返ったらどうだろう。幼い頃、母親から「勉強しなさい」とよく言われたと思う。「あなたが困るのよ」、「自分のためでしょ」、こんな言葉もあったと思うが、私は勉強した記憶がない。読者の方は今の私の姿をご覧いただいているので、意外に思われるかもしれないが、私は本当に「勉強嫌い」であった。そんな勉強嫌いだった私が、勉強好きになったのも、自分の知識、私の助言で顧問先さまから「ありがとう」と言ってもらえる機会に恵まれたからだ。やはり「勉強」は自分のためにするのではなく、社会の役に立つためにするようだ。

 息子は今、司法修習生として埼玉県和光市にいる。早ければ、来年(2019年)の12月には、弁護士として社会人生活を始める。親として、社会人の先輩として思う。ひとつでも多くの「ありがとう」がいただけるように、これからもしっかり「勉強」して欲しいと。
 

 2018年(平成30年)も残り僅かとなりました。今年も一年、私のみならず、当事務所のスタッフに対しても、たくさんの「感謝の言葉」をくださり、ありがとうございました。2019年(元号は変わりますが)も、みなさまからたくさんの「感謝の言葉」がいただけるよう「勉強」に努めたいと思います。

 末尾になりましたが、みなさまのご多幸を祈念して、ご挨拶とさせていただきます。
2019年もよろしくお願い申し上げます。  

 (税理士・中小企業診断士 林弘征)

平成31年1月号

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